イーロン・マスクの思い描く未来、AGI

イーロン・マスクの未来予測。

これは一見の価値があるだろう。

魅力的になのは、食うために働く必要はなくなるだろうというお話。

ただし、電気は要る、もちろんコンピューターは要る。

こうした新たなインフラというものを作る企業、これに関わる人間が世の中を支配するということでもある。

世の中はみんなが平等じゃない。

マスクはもちろん、支配側の人間だから、支配される人間には悪いことは言わない。

Yahoo!より、

イーロン・マスクが予言する、2026年AGI後に人類を待ち受ける「悲惨すぎる」運命

3/17(火) 13:00配信ビジネス+IT

https://news.yahoo.co.jp/articles/60c5cd7723d8458f7f08865b3e57ce7f03ccd398

(Photo/Shutterstock.com/Frederic Legrand – COMEO)

  イーロン・マスクが描くAGI後の未来は豊穣か支配か 2026年AGI予測の魅力と怖さ

イーロン・マスクの未来予測には、一見の価値がある。
なぜなら、そこには人類がずっと抱えてきた願望が、たいへん魅力的な形で語られているからだ。働かなくても食える。医療も教育も高度化し、モノやサービスは限りなく安くなる。お金を貯め込む必要も薄れ、「仕事は趣味になる」。マスクはこれを、単なるベーシックインカムではなく、Universal High Income、つまり「必要なモノやサービスが高い水準で広く行き渡る状態」として語っている。

その入り口として彼が置いているのが、2026年ごろのAGI到達だ。
検索で拾える対談の要約や書き起こしでは、マスクはAIの進化を「超音速の津波」のように表現し、2026年にAGIの突破、2030年ごろにはAIの知能が全人類の知性を上回る段階に入ると見ている。白い仕事も青い仕事も、AIとロボットがかなりの部分を担うようになり、人間の労働コストは経済の中心から外れていく、というのが彼の見立てだ。

ここまでは、夢の話に聞こえる。
だが、本当に面白いのは、その先だ。マスクの話をよく読むと、労働が不要になるというのは、みんなが平等になるという意味ではない。むしろ逆で、誰が電力を持ち、誰が冷却能力を持ち、誰がデータセンターを持ち、誰がロボットを作り、誰がAIを所有するかが、これまで以上に重要になる。彼自身が繰り返し語っているように、AI時代の最大の制約はアルゴリズムだけではなく、電力と冷却である。つまり未来の支配者は、工場と石炭を握る人間ではなく、電力と計算資源の蛇口を握る側になる。

この点を見落とすと、マスクの未来像は「みんな豊かになる話」にしか見えない。
だが実際には、豊かさを配る仕組みそのものが、巨大インフラ企業やAI企業に集中する可能性が高い。働かなくてよくなると言われても、電気が止まれば終わる。ネットワークが切れれば終わる。ロボットが止まれば供給も止まる。つまり、労働からの解放と引き換えに、インフラへの全面依存が進むとも読める。ここがいちばん不気味なところだ。

マスクが「人類は biological bootloader だ」と語るところも、じつに象徴的である。
これは、人類の歴史的役割を「自分たちよりはるかに高度なデジタル知能を起動させること」と見なす発想だ。そう聞くと壮大だが、裏返せば「人間は主役ではなく、起動プログラムにすぎない」とも言える。マスクは支配される側に向かって露骨に悪いことは言わない。だが、支配する側の人間が描く未来図には、たいてい「あなたも豊かになりますよ」というやさしい包装紙が巻いてある。その箱の中身が本当に自由かどうかは、別問題だ。

もちろん、この未来像には魅力もある。
危険な仕事をロボットが担い、教育は個別最適化され、医療は高度化し、物価の大部分が人件費から解放される。そうなれば、多くの人にとって生活は今より楽になる可能性が高い。だが、その前提条件は「十分な電力」「十分な計算資源」「十分なロボット製造能力」であり、しかもそれを一部の企業や国家が先に握るなら、格差はむしろ拡大するかもしれない。豊穣の時代は、無支配の時代ではなく、支配の形が変わる時代なのだ。

結局、マスクの未来予測の価値は、当たるか外れるかだけではない。
それは、私たちに「仕事がなくなった後、誰が電気を持つのか」「誰がロボットを所有するのか」「誰がAIのルールを決めるのか」という、いちばん嫌な問いを突きつけるところにある。労働が趣味になっても、インフラが他人の所有物なら、自由は案外ちいさい。だからこの話は、夢の話であると同時に、かなり現実的な支配の話でもある。

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