アメリカのトランプ大統領はモンロー主義を貫いているとも言われる。
他国をまるで属国のように扱っていると言われても仕方がないだろう。
むしろ、堂々とやっており、誰も止められないことをわかってやっている。
2度目の大統領の経験が、トランプ大統領をとてつもなく大胆にさせているようだ。
もう少し、理性のある行動にさせる側近、妻でも、娘でも、娘婿でもいいが、誰かいないものだろうか?
流石に、あとで後悔すると思うのだが・・・ないか?
Yahoo!より、
ベネズエラ副大統領、米国との協力表明 均衡の取れた関係訴え
1/5(月) 11:47配信時事通信社
https://news.yahoo.co.jp/articles/f8baccca7e4b63b738076ad920c995e381ce6c3b
ベネズエラはアメリカの属国なのか?トランプ政権とモンロー主義の現在地
「ベネズエラはアメリカの属国なのか?」
この問いは、かつては陰謀論めいた響きを持っていた。しかし2025年現在、もはや単なるレトリックでは済まされない現実味を帯びている。
きっかけは、ベネズエラ副大統領ロドリゲス氏の発言と、それに対するトランプ大統領の強硬な反応だ。
「米国の意向に従わなければ非常に大きな代償を払う」
これは、同盟国に向けた言葉というより、従属国に対する警告に近い響きを持つ。
モンロー主義とは何か ― 本来の意味
モンロー主義は1823年、米国大統領ジェームズ・モンローが打ち出した外交原則である。
要点は次の三つだ。
- 欧州は西半球に干渉するな
- アメリカは欧州に干渉しない
- その代わり、西半球はアメリカの勢力圏である
当初は「欧州の植民地主義から中南米を守る」という建前だった。しかし実際には、米国自身が支配的影響力を行使する根拠として使われ続けてきた。
冷戦期にはこれが「反共」の名のもとに強化され、クーデター支援・経済制裁・軍事介入が正当化されてきた。
トランプ流モンロー主義の特徴
トランプ大統領の外交は、従来よりもはるかに露骨で、個人化され、威圧的だ。
特徴を整理すると、
- 制度よりも個人の力関係を重視
- 同盟・国際法・多国間枠組みを軽視
- 公然と「言うことを聞け」と迫る
今回のケースでも、
- 米軍が事実上ベネズエラの大統領を拘束
- その後、代行政権に協力を迫る
- 従わなければ「代償を払う」と警告
という流れは、主権国家同士の関係というより、支配と服従の構図に近い。
ベネズエラは本当に「属国」なのか?
法的には、もちろんベネズエラは独立国である。
しかし現実の力関係を見ると、
- 経済は制裁で締め上げられている
- 軍事的に対抗する力はない
- 政治指導者は米国の承認なしに安定できない
つまり、形式的には独立、実質的には従属という「半属国」状態に近い。
ロドリゲス副大統領が
「均衡の取れた敬意ある関係を」
と強調したこと自体が、すでに均衡が崩れていることの証明でもある。
なぜ誰も止められないのか
なぜトランプ政権はここまで大胆になれるのか。
理由は三つある。
- 米国の圧倒的な軍事・金融力
- 国際秩序(国連・国際法)の形骸化
- 世界の分断と疲弊
特に三つ目が大きい。
ウクライナ、ガザ、台湾、エネルギー危機、気候危機――
世界は同時多発的な不安定化にさらされ、ベネズエラ問題に割く政治的余裕がない。
結果として、「やったもの勝ち」が成立してしまう。
「あとで後悔する」可能性はあるか?
強権的支配は短期的には効率がいい。
しかし長期的には、
- 反米ナショナリズムの蓄積
- 地下抵抗勢力の温床
- 米国自身の道義的信用の崩壊
を招く。
歴史は、属国的支配が安定を生むどころか、むしろ遅効性の不安定要因であることを示している。
結論:属国か否かよりも重要な問い
問いはこう言い換えるべきだ。
「ベネズエラは属国か?」ではなく、
「なぜ属国のように扱える世界になってしまったのか?」
トランプ政権の問題は、彼個人の性格だけではない。
それを止められない国際環境こそが、より深刻なのだ。
世界は少しずつ、「力が正義になる時代」へ戻りつつある。
そのこと自体が、もっとも危険な兆候である。


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