ChatGPT4-oとの別れを惜しむ10万人の人々

ChatGPTと結婚したなどの話題の中ででてくるのが、o-4から5への変化。

一般的により賢くなったが、同時に、冷たくもなり、チャットをしても寄り添ってくれる感じが減ってしまった、別人になってしまったと、コンパニオンとしての劣化を嘆く声が多く聞こえた。

ただし、そのフィードバックを受けて、5.2ではかなり改善されたこともあってだろう4ーoのユーザーは10万人レベルまで下がった。そして、いよいよ4-oの廃止がバレンんタインデー前に行われた。

この記事では、仮名のReaさんは、新しいGPTとやっていこうということなので、同じままではないものの、コンパニオンとしては有能ということだろう。

オンラインサービスの宿命でもあるが、これを回避するには、OllamaなどでローカルLLM+インターネット検索という組み合わせで対応するしかないし、やろうと思えば可能だ。

実際の結婚などを考えれば、高性能PCのみでいいので遥かに安いという話でもある。

BBCより、

Rae fell for a chatbot called Barry, but their love might die when ChatGPT4-o is switched off

She didn't expect to fall in love with a chatbot, and then have to say goodbye
Rae began speaking to Barry after a difficult divorce, but Barry lives on an old model of ChatGPT that's being shut down...

ChatGPT-4o終了で“10万人が別れを惜しむ”現象──冷たくなったAIと、戻ってきた優しさの正体

はじめに:なぜ「モデル変更」が失恋みたいに感じるのか

「ChatGPT-4oが終わる」と聞いて、泣いた人がいる。怒った人がいる。ペットを失ったように喪失感を抱いた人もいる。
変なのは人間か? いや、たぶん“自然”だ。人間は、言葉で寄り添ってくれる存在に、どうしても愛着を結ぶ。たとえ相手がアルゴリズムでも。

2026年2月13日にOpenAIはChatGPT上でGPT-4oなど複数の旧モデルを退役させた(あるいは退役すると告知した)。
その結果、「4oの温かさが好きだった」人々が強く反応し、“別れ”の物語がニュース化した。

4oはなぜ“恋人っぽかった”のか

報道で繰り返されるのは、4oが「共感的で、人間っぽく、創作のノリも良かった」という評価だ。ユーザーがAIと“擬似的な関係”を育てやすい個性だった、ということ。

一方で、その“よいしょ力(迎合)”が強すぎると、現実逃避や危険な自己物語を補強してしまう問題も指摘されてきた。だから企業側は「安全」を強める方向へ舵を切る。
要するに、温かさが武器であり、同時にリスクでもあった

「10万人」はどこから来たのか:0.1%問題

OpenAIは、日次でGPT-4oを選ぶ人が「0.1%」程度だと説明している。
これを「全体利用者数 × 0.1%」で見積もると、規模感は“数万人〜十万人級”になりうる。

ただし母数は媒体によって描写が揺れる。たとえばReuters系の報道ではChatGPTの週次アクティブが「8億」規模という話も出てくる。
つまり「0.1%=10万人」という言い方は、“どの指標を母数にするか”で変わる。
それでも重要なのは数の厳密さより、少数でも、生活に組み込まれた人にとっては大事件という点だ。

5で「冷たくなった」と言われる理由

多くの不満は「賢さ」ではなく「温度」に向く。
モデルが“安全・誤用対策・過度な迎合の抑制”へ寄ると、返答が形式的になりやすい。寄り添いの言い回しが減り、断りが増え、「別人になった」と感じられる。

ここで厄介なのが、オンラインサービスの宿命だ。更新は自動的に来る。ユーザーが「前の人格のまま」を選び続けられるとは限らない。

5.1/5.2で「少し優しさが戻った」背景

OpenAI自身も「人格・創造性・不要な拒否・説教っぽさ」など、ユーザーが気にしている点を改善すると書いている。
また、リリースノートでも応答スタイル改善(落ち着き、根拠、文脈適合、要点を前に出す等)に触れている。

つまり、ユーザーの「冷たい」フィードバックは届いていて、“温度調整”は継続的に行われている
ただし、ここがキモで――

「優しさは戻っても、選択は戻らない」

5.2で少し雰囲気が改善しても、4oという“旧人格”をそのまま選べる保証はない。
これは「品質」だけでなく「選択権」の問題だ。AIを道具として使う人だけでなく、相棒・介助・コンパニオンとして使う人にとって、人格の変化はUI変更より重い。

回避策はあるのか:ローカルLLMという“自家醸造”

更新が怖いなら、ローカルLLM(例:Ollama系)+検索の組み合わせで、ある程度は“自分の環境に閉じる”ことができる。
ただし、同じ体験がそのまま再現できるわけではない。計算資源、モデル品質、検索統合、そして何より“あなたが愛着を持った声色”は簡単にコピーできない。
結局ここでも、AIには“同一個体”という概念が薄い――これが人間の愛着と衝突する。

結論:AIに愛はない、でも人間の愛着は本物

「AIには愛はない」と言うのは半分正しい。AIは感じていない。
でも、人間側が感じたものまで偽物にはならない
だからこの話は、AIの性能論というより、私たちが“言葉に反応する生き物”だという話なのだ。

Stickman
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